新型コロナウイルス感染症の感染拡大を受けて、仕事、学校、趣味、買い物など、あらゆる面で生活様式を見直す必要に迫られました。通勤時や職場での感染リスクを避けるために、リモートワークを用いた在宅勤務を経験した方もいらっしゃることでしょう。リモートワークは“働き方”を変えただけでなく、わたしたちの価値観にも影響を及ぼし、さらに社会の広い範囲に変革をもたらそうとしています。
リモートワークがダイナミックに変える働き方と価値観
オフィスには出社せずに、自宅やカフェなどでインターネットを介して仕事をするリモートワーク。同僚とはメールやチャットでやり取りし、打ち合わせにはZoomやGoogle MeetといったWeb会議ツールを使用します。当初は戸惑いがちだった人も、すぐに様々なメリットを見出し、「もう元の働き方には戻れない」と評価する声も聞かれます。
リモートワークによる生産性向上
まず目立つのは、「時間を有効活用できるようになった」との意見。漫然と続けていた会議がなくなったり、業務の取捨選択が進んだりし、仕事そのものがスリムになったといいます。満員電車で通勤しなくて良くなったことを喜ぶ声も少なくありません。時間が節約できるのはもちろんのこと、ストレスが減り、体力の消耗も避けられるとして、リモートワークの優れた効果の一つにあげられています。
結果として、家族と過ごす時間が増えたり、資格取得の勉強や趣味に時間を割けるようになった方もいるのではないでしょうか。リモートワークがワークライフバランスの向上に寄与していることは間違いないでしょう。
郊外への移住が以前よりも加速する?
リモートワークが定着すれば、どこにいても仕事ができるようになります。高い家賃を払って都市部に住む必要はなくなり、住環境に優れた郊外に引っ越すことも選択肢になってきます。東京近郊だと、実際に湘南や軽井沢で住居を探す人が増えているという報道もあります。
「仕事優先」から「家族優先」「プライベート優先」の住まい選びに、価値観が変化していくのではないでしょうか。
「メンバーシップ型雇用」から「ジョブ型雇用」へ
企業と働く人の関係としては、「メンバーシップ型雇用」から「ジョブ型雇用」へのシフトも進むはずです。
「メンバーシップ型雇用」は、いわゆる日本型の雇用形態です。「就職ではなく就社」といわれるように、職務や勤務地が限定されず、企業の判断で配置転換が行われることがあります。望まない異動や転勤を命じられても、基本的に拒否できません。
一方、「ジョブ型雇用」とは、働く人が専門分野を持ち、仕事内容や勤務場所に取り決めのある雇用契約です。「職務記述書(ジョブ・ディスクリプション)」に記載された業務をこなせばよく、企業側は本人の同意を得ずに配置転換を行うことはできません。仕事の成果に対する責任はより強く求められるようになりますが、時間に縛られることなく、柔軟な働き方ができるようになります。

変革と成長のチャンス。リモートワーク最適化企業が生き残る?
企業もまたリモートワークがもたらす多大なメリットに注目しています。プロジェクト管理やスケジュール共有、WEB会議などが行える“コラボレーションツール”の採用を進める企業が増え、2020年度のIT投資計画額は前年比15.8%増になると日経新聞は報じています。ここで大切なのは、ツールを導入するだけでは不十分だということです。業績向上に結び付けるには、仕事そのものをリモートワークに最適化し、業務プロセスの可視化やワークフローの見直しに取り組む必要があります。それが、結果としてムダをなくし、生産性を高めていくことになるのです。
あわせて、人事評価の仕組みも見直しが求められるでしょう。在宅勤務では、部下の勤務態度や行動が見えにくくなり、上司として評価に迷う場面が出てきます。評価の公平性は従業員のモチベーションに直結しますので、リモートワークを前提とした人事評価制度を策定することが不可欠になるはずです。
人事面で考えるべきことは、ほかにも数多くあります。ひとりで仕事をしている時に感じる孤立感をどう解消するか、将来のキャリアプランをどう提示していくか――こういった課題にどのような答えを出すかも、リモートワークの成否を分かつ大切なポイントになってくるでしょう。
システムを導入するだけで満足せず、仕事の進め方や組織のあり方を再構築できれば、柔軟な働き方を希望する優秀な人材が集まり、成長につながっていくはずです。
リモートワークへの取り組みは既に株価に表れている
「株価は企業の将来を映す鏡」といいますが、企業や業種ごとの明暗はすでにはっきりと表れています。もともと、リモートワーク導入が進んでいる企業は、業務の効率性や優秀な人材確保が期待できるため、株価が上がりやすい傾向がありました。
今回は、それに加えて、リモートワーク関連サービスを提供する企業の株が大きく上昇しています。アメリカでは特に顕著で、日本でもよく知られたZoomを提供するズーム・ビデオ・コミュニケーションズをはじめ、年初来の株価上昇率が4~5倍に達する企業がいくつもあります。
日本では、そこまで企業価値を高めた企業はありませんが、リモートワークを支えるシステムを提供する企業は、軒並み株価を伸ばしています。リモートワークの全面的な導入を発表した企業も、株式市場で支持を集めやすくなっています。
逆に、コロナ禍やリモートワークの普及を受けて株価を下げている企業や業種も少なくありません。オフィスへの通勤が減ることから、鉄道などの交通インフラは厳しい状況です。賃貸オフィスを扱う不動産会社も、オフィス需要が縮小するとの予想から業績への不安がささやかれています。
飲食店も売上を減らしており、中食や宅配への転換が進むかどうかが関心を集めています。そういった流れを受けて、Uber Eatsのようなフード・デリバリー・サービスの急成長には、目を見張るものがあります。コワーキングスペースやPC用の電源を備えたカフェも、現状は感染予防優先のため下火になっていますが、各地に定着していくのではないでしょうか。

リモートワークによる経済効果は3兆円以上
最後に、リモートワークがもたらす経済へのインパクトをみてみましょう。リモートワークの普及が進めば、労働から遠ざかっていた人、例えば育児中の女性や年配の人が再び働けるようになり、労働力不足の解消に役立ちます。みずほ総合研究所『【緊急レポート】働き方改革2.0〜改革実現に向けて〜』によると、育児や介護といった事情で働きたくても働けなかった人材、およそ107万人が労働参加できるようになり、約3兆円の経済効果があると予想されています。
さらに通勤時間削減によって、約4,300億円の付加価値が生み出されるとの試算があります。それに加えてみずほ総合研究所『【緊急レポート】働き方改革2.0〜改革実現に向けて〜』では、これまでIT投資に及び腰だった非製造業や規模の小さな企業でリモートワークが導入された場合、生産性が約6%改善され、約12.5兆円の付加価値創出につながるという未来図も掲げられています。
リモートワークは、以前から生産性向上の決め手になるといわれていたにもかかわらず、なかなか普及が進まずにいました。それが、今まさに、だれも想像しなかった速度で広がりをみせており、日本社会に大きな変化をもたらそうとしています。もはや、元に戻すという選択肢はありません。この流れを止めることなく、新しい働き方をつくり上げていく――変革のまっただ中を生きるわたしたちには、そのような覚悟が求められているのではないでしょうか。
参考:
みずほ総合研究所 『働き方改革2.0 ~改革実現に向けて真に必要な取組は何か? ~』(2019/3/13)
日本経済新聞『日経設備投資調査 デジタル投資15.8%増 20年度、コロナ下でDX加速』(2020/8/10)
ライタープロフィール

大学卒業後、出版社勤務を経て、フランスに渡る。中古車にテントを積んで、2年かけてヨーロッパ各国を旅する。イスタンブールの見知らぬ絨毯屋のオヤジの家に泊めてもらったのが一番の想い出。現在、フリーライターとして、金融、テクノロジー、エンタメなどを扱う。
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