東日本大震災の被災地・福島から発信された世界初のがん治療「放射線治療・BNCT」とは?

東日本大震災の被災地・福島から発信された世界初のがん治療「放射線治療・BNCT」とは?

東日本大震災の被災地・福島から発信された世界初のがん治療「放射線治療・BNCT」とは?

2020年6月、福島県郡山市にある南東北BNCT研究センターで総合病院付設の施設としては世界初の画期的ながん治療が、「保険診療」で開始。どんな部位の治療に効くのか? 実際の治療の方法は? 費用はどの程度か? など、高井良尋センター長にインタビューしました。

治療不能だった再発がんを治す画期的治療法

がんというと、「死に到る病」と思っている人もいまだにいるかもしれませんが、現在は、早期発見と適切な治療で完治することも多いです。例えば、り患者の多い乳がんの場合、5年生存率は早期発見のステージ1なら約99パーセントとなっています。

ただ、がんの特徴は再発・転移にあるため、「手術」などでがん切除をする以外にも、三大治療と呼ばれるように、「放射線療法」「抗がん剤」などの薬物療法を行うことが多くなっています。

がん細胞をピンポイントで破壊する、最新のがん治療BNCTとは?

今回、南東北BNCT研究センターが導入したのは、BNCT(Boron Neutron Capture Therapy=ホウ素中性子捕捉療法)と呼ばれるがん治療法。これは3大治療の中の放射線療法の一種で、がん細胞をピンポイントで破壊する治療法です。手術では切除がむずかしい部位のがんを放射線によって破壊します。

治療の対象について、同センターの高井良尋センター長はこう語ります。「治療対象は、『切除不能な局所進行または局所再発の頭頚部がん』です。頭頚部がんとは耳・鼻・口やのどにできたがんのことで、脳や眼球は含まれません」。「初めてがんになった時は手術や一般的な放射線療法で治療が可能です。しかし再発すると、二度目の手術や放射線治療は副作用がひどくなるため耐えられません。顔部なので、外観と機能を損なわない治療が求められますがむずかしく、治療不能となるものも多くあります。」と治療のむずかしさを語ります。

「BNCTでは、細胞内で発生した粒子の飛ぶ距離が10ミクロン以内ときわめて短いため、大きさが10~20ミクロンのがん細胞では、細胞一つ分しか飛びません。つまり、がん細胞のなかだけで粒子線治療を行うようなものなのです」。

ほかの細胞に対する影響が少ないため、再発がんでも治療が可能になります。一つのがん細胞だけを照射するというミクロの世界での正確さを求められるがん治療で、見事にその役割を果たす療法の誕生というわけです。

高井良尋医師 一般財団法人脳神経疾患研究所附属南東北BNCT研究センター・センター長
高井良尋医師 一般財団法人脳神経疾患研究所附属南東北BNCT研究センター・センター長

400万円以上の治療費が保険診療で約12万円に

この画期的ながん治療が、なぜ保険診療で受診できることになったのでしょうか?

現在受けられる最先端的のがん治療には、「重粒子線治療」や「陽子線治療」がありますが、統一された方法で治療されていなかったため、いずれも保険診療となるまでに長い時間が必要でした。まだ、保険診療となっていない部位に対しては先進医療ないし自由診療となっており300万円前後が自己負担で必要となります。

これに対し、BNCT治療の費用は「照射料が約240万円、治療に使う薬剤が1パック約44万円で、体重18kgに対して1パック使います。大体男性だと4パックで約170万円として、410万円くらいの治療費となります」。これが、保険診療対象のため、3割負担なうえ、高額療養費が適用となります。

高額療養費とは?

高額療養費とは、1ヵ月に決められた自己負担額を超えた場合、健康保険に申請することでその差額を戻してもらう仕組み。年収によって、上限額は違いますが、年収約500万円の会社員の場合、1ヵ月の上限額は8万100円+(総医療費−26万7,000円)×1%となります。仮に治療費が410万円だとすれば、約12万円程度の自己負担で治療を受けられることになります。
実臨床が保険診療として開始された点でも、過去にはない画期的ながん治療の誕生ということができます。

京都大学と住友重機械工業の共同研究で開発が進められて世界初の加速器。大きさは26m×27mと非常にコンパクト。
京都大学と住友重機械工業の共同研究で開発が進められた世界初の加速器。大きさは26m×27mと非常にコンパクト。

短期間で保険診療承認となった治療成績

それでは、どうしてこれほどのスピードの速さで、保険承認となったのでしょうか?

同センターでは2016年から「切除不能な進行再発頭頚部がん」と「再発悪性脳腫瘍」の臨床試験をスタートさせました。進行再発頭頚部がんでは、21人の患者治療で、がんが完全になくなった「完全奏功」と、がんが30パーセント以上縮小した「部分奏功」を合わせた奏効率は71.4パーセントに達したといいます。

「71.4パーセントという奏効率(※がん治療法を患者に用いた際、その治療を実施した後にがん細胞が縮小もしくは消滅した患者の割合を示したもの)はきわめて高い治療成績といえます。ほかの療法でも臨床試験は行われていますが、これほど高い数字は出ていません」と高井センター長。保険承認の大きな決め手となりました。

また、「2016年から国が先駆け審査指定制度という仕組みを作ったのですが、2017年の医療機器品目3対象の一つに選ばれたことも大きかったですね。BNCT治療は当初から高い奏効率が予測されていたうえ、世界的に日本が先行していました。審査指定の一つに選ばれたことで、世界に向けて輸出されていくだろうと新聞に書かれたりしました」と当初から期待のルーキーだったことを物語っています。

被災県の福島から世界に最新の放射線治療を発信する

しかし、このBNCT治療実用化病院として、なぜ福島県の同センターが選ばれたのでしょう。BNCTの治療機械である加速器1台で約40億円、そのほかの施設費用を合わせると約68億円にのぼる大規模なプロジェクトとなっています。その国家プロジェクトともいえるBCNTセンター建設がなぜ東日本大震災の被災県だった福島県で進められたのでしょう。

「2012年に東日本大震災の復興予算が組まれました。そのなかに、医療機器開発という分野もあり、わがセンターが手をあげたのです。ですから、この大規模なプロジェクトの費用の2/3は復興予算による補助金でまかなわれています。また、福島県は、震災により福島第一原子力発電所事故による災害を受けてしまった被災県です。そこから、世界に先駆けた放射線治療を発信できることで、県の新たな再生をスタートできればという願いもこめられているのです」(高井センター長)。

2020年6月から保険診療が開始されましたが、現在のところコロナ禍で数年先まで予約でいっぱいという状況ではありません。海外からも最先端治療を求めて問い合わせが多く寄せられていますが、渡航自体ができない今の状態では受け入れができません。

現在、保険診療でBNCT治療を受けられるのは「切除不能な局所進行または局所再発の頭頚部がん」に限られています。しかし、超ミクロのレベルで治療のできるこの療法は、今まで治療のむずかしかった人を治療できる大きな可能性を秘めているといえます。高井センター長は「再発悪性脳腫瘍に関しては、来年夏ごろには承認が得られる予定で、その先には、表皮に近い部位のがん治療ということで、頸部食道がん、肝臓がんなどへの展開が期待されます。」と語っています。

固定用マスク(臥位頭部固定用治具およびシェル)。治療中、患者さんはプラスチックマスクを用いて、体位が固定される
固定用マスク(臥位頭部固定用治具およびシェル)。治療中、患者さんはプラスチックマスクを用いて、体位が固定される

人類の寿命が長くなることに貢献していきそうな最先端のがん治療法。今後も目が離せない医療技術といえそうです。

福島県に生まれたがんの最先端治療センター。世界に誇れるこの技術がさらに幅広いがん治療に拡大していく日がくれば、人生100年時代が実現する一つの要の技術になっていくことでしょう。

この人に聞きました
高井 良尋さん
高井 良尋さん
一般財団法人脳神経疾患研究所附属南東北BNCT研究センター・センター長(弘前大学名誉教授)。1976年福島県立医科大学医学部卒業。1983年東京大学大学院医学系研究科修了。東北大学医学部保健学科教授。弘前大学放射線科学講座教授。2016年4月南東北BNCT研究センターセンター長となり、現在に至る。
ライタープロフィール
酒井富士子
酒井富士子(回遊舎)
経済ジャーナリスト。“金融”を専門とする編集・制作プロダクション回遊舎 代表取締役。お金に関する記事を企画・取材から執筆、制作まで一手に引き受ける。

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