お隣さんにお醤油を借りに行く文化の現代版
「シェアリングエコノミー」という言葉をご存じでしょうか? これは2008年頃からアメリカで急速に広まった新しい考え方で、個人が所有する資産を有償で貸し出すビジネスモデルのことを指します。民泊仲介プラットフォームの「Airbnb」、ライドシェアの「Uber」など、既に使ったことがあるサービスも多いのではないでしょうか?「シェアリングエコノミー」のビジネスモデルは、2015年くらいから日本でも広がっており、様々なサービスを提供する企業が注目を集めています。一般社団法人シェアリングエコノミー協会事務局長で、内閣官房シェアリングエコノミー伝道師を努める石山アンジュさんに、この新しいライフスタイルについて聞きました。

「実は日本人にとって、シェアという概念は馴染み深いものなんです。江戸時代の日本では、長屋に暮らして、お隣さんにお醤油を借りに行くというのは日常の風景でした。地縁にもとづくコミュニティのなかで、衣食住における多くのモノを共有し、支え合うことで暮らして来たわけです。戦後、核家族化が進み、そのようなシェアの文化は長く失われていました。しかし、インターネットの登場とテクノロジーの台頭によって、お隣さんとのお醤油の貸し借りのような、CtoC(個人対個人)の取引が簡単にできるようになりました。現在は、個人が使っていないモノやスペース、時間、知識など、あらゆるものが商品になり、私たち個人がサービス提供者になることができます。メルカリで使わなくなった洋服などを売った経験がある人もいるでしょう。つまり、スマホひとつで瞬時に情報公開をして、モノやサービスの貸し借りや売買ができる世の中になったのです」
「モノ」「移動」「空間」「お金」「スキル」の5領域

資料提供:一般社団法人シェアリングエコノミー協会(出典:消費者庁作成「共創社会の歩き方 シェアリングエコノミー」(外部サイト))
石山さんによるとシェアリングエコノミーの領域は、「モノ」「移動」「空間」「お金」「スキル」の5つに分類されるといいます。「モノ」は洋服やアクセサリー、キャンプ道具など様々な道具におけるCtoCの貸し借りや売買。BtoB(企業対企業)の分野では同業者間での建機の貸し借りを仲介するサービスなどもあります。「移動」はご存じUberなどのライドシェアが代表格。自転車のシェアサービスも全国各地で積極的に行われています。「空間」はAirbnbのような民泊仲介を筆頭に、オフィス、映画館、野球場、駐車場などをシェアするサービスがあります。さらに、「お金」は話題のクラウドファンディングのようなビジネスモデル。「スキル」は家事代行やベビーシッター、各種トレーナーなどを個人対個人で請け負うサービスなどがあります。

「シェアリングエコノミーの考え方で重要なのは、個人が誰でもサービスを提供できる点にあります。80歳のおばあちゃんが手料理の作り方を教える・・・・・・そんなサービスは、これまでなかなかありませんでしたが、テクノロジーの進歩によって、この貴重なスキルを商品にすることができたのです。ほかにもリタイヤした料理人の方が、包丁の研ぎ方をスキルのサービスとして提供したところ、書籍の出版につながった例などもあります。シェアリングエコノミーのプラットフォームは、誰もが持つスキルを可視化し、客観的に評価することで、新たな仕事を生み出すことができます。これは新たなライフスタイルの誕生といっても過言ではありません」
モノが「ない」時代から、モノが「ある」時代へ
こういったシェアの概念が広がっている背景には、「経済的な豊かさが本当の幸せなのか」という疑問を感じている人が増えていることがあげられると石山さんは言います。高度経済成長期は、大企業に入れば一生安泰で、社会的な地位や収入の高さが幸せを測る尺度と考えられていました。しかし、令和に入った今、そのモデルは既に崩れ始めているのは明らかです。これまでの時代は、大量生産大量消費で経済を回してきました。1家に1台だったテレビは、各部屋に1台になり、貴重だったゲーム端末も子供1人1台持つのがあたり前になりました。しかし、その功罪として、人と人とのつながりが希薄になり、引きこもりや孤独死といった新たな社会問題が生まれます。石山さんは、人と人がモノをシェアしなくなったことがその理由の一つだと考えています。

「モノが『ない』時代から、モノが『ある』時代に入り、豊かさのパラダイムシフトが起こっています。私はこれからの時代の本当の豊かさとは、『信頼』だと考えています。どれだけ多くの人から信頼や共感を得られるか、そうしたネットワークをいかにたくさん持てるかがお金や地位以上の価値になると思うのです。CtoCのプラットフォームは、個人に信頼が紐づくビジネスモデルです。信頼できる個人と個人で貸し借りや消費をすることで、新しい居場所ができる。そこから新たなネットワークができる。私はこれこそミレニアル世代の消費行動だと考えています」
分散化された信頼関係がより重要になる
CtoCプラットフォームの登場は、これまでの資本家VS労働者の構造を変えるインパクトを秘めています。シェアリングエコノミーによって、誰もがサービス提供者になれる今、働き方も大きく変わる可能性があります。今や会社員が副業を持つのはあたり前の時代。一つのモノにしがみつかず、リスクを分散することも確かに重要です。個人がオルタナティブのつながりを持つことで、より強固な信頼を得ることができると石山さんは考えます。

「『つながり』がより重要になる今後の社会において、新たな信頼のデザインが求められています。地縁や顔見知りをベースにした昔ながらの信頼関係から、企業や組織による制度に預ける信頼関係を経て、これからは多くの個人と個人がつながる分散化された信頼関係がより重要になるでしょう。例えば、自然災害や疫病の蔓延などによって国家や企業が機能しなくなっても、今なら個人と個人のネットワークによって、社会を持続できる可能性があります。お店が閉まっていたら、個人と個人でモノを分け合えば良い。病院が機能しなければ、医療の専門家が知識をシェアすれば良い。これこそ地縁や組織を超えた新たな信頼関係の姿だと思います。シェアリングの考え方を通じて、今こそ私たち一人ひとりが、幸せとは何か、信頼とは何かを考えるべき時ではないでしょうか」
大量生産大量消費時代の先にあるのは、人と人とのつながり—。シェアリングエコノミーは、個人が主役になる時代の新たなライフスタイルを予感させます。人生100年時代、自分にとって本当に大切なものは何かじっくり考えてみるのもいいかもしれません。
この人に聞きました

石山アンジュさん
1989年生まれ。「シェア(共有)」の概念に親しみながら育つ。2012年、国際基督教大学(ICU)卒業。新卒で(株)リクルート入社、その後(株)クラウドワークス経営企画室を経て現職。 シェアリングエコノミーを通じた新しいライフスタイルを提案する活動を行うほか、政府と民間のパイプ役として規制緩和や政策推進にも従事。総務省地域情報化アドバイザー、厚生労働省「シェアリングエコノミーが雇用・労働に与える影響に関する研究会」構成委員、経済産業省「シェアリングエコノミーにおける経済活動の統計調査による把握に関する研究会」委員なども務める。2018年、米国メディア「Shareable」にて世界のスーパーシェアラー日本代表に選出。著書「シェアライフ 新しい社会の新しい生き方(クロスメディア・パブリッシング)」がある。
ライタープロフィール

編集者・ライター。1973年生まれ。青山学院大学経営学部卒業後、旅行雑誌編集部勤務を経て、広告制作会社で教育系・企業系の媒体制作を手がける。2010年に独立し、株式会社ミニマルを設立。ビジネス全般、大学教育、海外旅行の取材が多い。
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