クローンがオリジナルを超える!?東京藝大発・クローン技術が拓く文化財の未来

クローンがオリジナルを超える!?東京藝大発・クローン技術が拓く文化財の未来

クローンがオリジナルを超える!?東京藝大発・クローン技術が拓く文化財の未来

「公開すると劣化が進み、保存にこだわると価値を共有・伝承できなくなる」。文化財保護が抱えるこの矛盾を解消し、未来に文化財を継承していく東京藝術大学COI拠点の取り組み「クローン文化財」について、同大の宮廻(みやさこ)正明名誉教授に聞きました。

門外不出の古仏の「外出」を可能にした「クローン文化財」とは?

門外不出の古仏の「外出」を可能にした「クローン文化財」とは?
クローン技術によって再現された法隆寺釈迦三尊像(画像提供:東京藝術大学COI拠点)

奈良の古刹・法隆寺金堂に鎮座する国宝・釈迦三尊像。623年(推古31年)に作られて以来、約1400年もの間、ほとんど法隆寺金堂の外に出る機会がなかったこの貴重な飛鳥仏が、2017年「クローン」という形で、初めての「外出」を果たしました。これを可能にしたのが、東京藝術大学COI拠点(※)が手掛ける高精度な文化財の複製技術・クローン文化財の技術です。
クローン文化財がめざすのは、最先端のデジタル技術と伝統的なアナログ技術を混在し、単なるコピーではない新たな芸術を生み出すこと。法隆寺釈迦三尊像のクローン制作にあたっても、鋳造型の制作には3Dスキャナーや3Dプリンターといった最新技術を駆使した一方で、鋳造や彫金については古くから鋳物産業が盛んな富山県高岡市の「伝統工芸高岡銅器振興協同組合」に、木工や木彫りについては同県南砺市の「井波彫刻協同組合」に制作を依頼、地方で受け継がれてきた職人の技が随所に活かされました。

※文部科学省と科学技術振興機構が2013年に開始した「革新的イノベーション創出プログラム」の拠点施設の1つ。芸術と科学技術の融合によって次世代のインフラとなる豊かな文化的コンテンツの開発を行い、文化教育コンテンツや文化外交アイテムの社会実装を目指す。
出典:東京藝術大学COI拠点「感動」を創造する芸術と科学技術による共感覚イノベーション概要(外部サイト)

法隆寺金堂内で行った釈迦三尊像の三次元計測(画像提供:東京藝術大学COI拠点)
法隆寺金堂内で行った釈迦三尊像の三次元計測(画像提供:東京藝術大学COI拠点)
3Dの樹脂原型から中尊の蝋型
3Dの樹脂原型から中尊の蝋型(右)を作る
(画像提供:400年を超える高岡市の鋳物技術と600年を超える南砺市の彫刻技術を活用した地場産業活性化モデルの構築・展開事業推進協議会)
高岡市・砺波市の職人の技がクローン制作の随所に活かされた
高岡市・砺波市の職人の技がクローン制作の随所に活かされた
(画像提供:400年を超える高岡市の鋳物技術と600年を超える南砺市の彫刻技術を活用した地場産業活性化モデルの構築・展開事業推進協議会)

さらに、本物の釈迦三尊像からは欠落している中尊(中央の仏)の螺髪(毛髪)や白毫(眉間の毛)を復元、左右逆に配置されているとされる脇侍(両脇の仏)を入れ替えて、正しいと思われる位置に配置。仏像背後の大光背(仏の背面にある板状の装飾で、仏から発する光明を象徴する)に飛天(仏の周囲を飛び、仏を礼拝する天人)が取り付けられていたとみられる穴が残っていることから、同時代の制作例を参考に飛天も復元しました。

クローン文化財の提唱者・東京藝術大学の宮廻正明名誉教授は「クローン文化財は、最先端のデジタル技術と伝統技術のハイブリッドであり、どちらか一方が欠けても完成しません。形や色はデジタル技術だけである程度は再現できますが、繊細な質感や手触りの再現は、人の手にしかできないアナログなこと。デジタルとアナログのどちらかを否定するのではなく、双方の良さを認め、それぞれの長所を生かしたからこそ、クローン文化財を生み出すことができたのです」と話します。

クローン技術で再現した法隆寺釈迦三尊像と東京藝術大学・宮廻正明名誉教授。右のゴッホ自画像もクローン技術で複製したもの
クローン技術で再現した法隆寺釈迦三尊像と東京藝術大学・宮廻正明名誉教授。右のゴッホ自画像もクローン技術で複製したもの

「保存と公開の矛盾」を解消するクローン文化財

「保存と公開の矛盾」を解消するクローン文化財
クローン文化財の提唱者で東京藝術大学の宮廻正明名誉教授

もともと故平山郁夫氏(元東京藝術大学学長)に師事、日本画家として活動する傍ら、文化財の保存・修復を手掛けてきた宮廻名誉教授。長い間、文化財の保存・継承について、大きな課題を感じていました。

「まず、文化財には『劣化を防ぐために保存しなければならないが、価値共有のために公開もしなければならない』という矛盾があります。劣化や破損を防ぐには保存に徹するのが一番ですが、公開されなくなると、その文化財の価値は封印され、文化を共有することができなくなります」と宮廻名誉教授。「日本では国宝のような重要な文化財については、保存の観点から公開期間に制限が設けられており、短いものでは年に30日間しか公開されません。ですから、せっかく国宝を所有している寺院や美術館などに行っても、公開期間外であるために実物を観られず、がっかりした・・・という経験のある人も多いのではないでしょうか」。

さらに宮廻名誉教授は「文化財の修復・復元に、膨大な労力と時間がかかることも課題の1つ」と指摘します。「作品にもよりますが、多数の専門家がチームで作業にあたっても、1年間に修復できる作品はせいぜい数点ほど。作品によっては修復完成までに何年もかかってしまうことが珍しくありません。このため、修復・復元をする前に、オリジナルの劣化や破損が進んでしまうこともあります。また、従来の修復や復元はほぼ人の手で行われていたため、どうしても担当者の色遣いや筆運びの『癖』が修復に反映されてしまい、オリジナルに100%忠実な修復ができない点も問題でした」。

こういった課題を解消するべく生まれた技術こそ、クローン文化財の技術です。デジタル技術を取り入れたクローンなら、手作業ほど時間や労力をかけずに文化財の再現ができるうえ、劣化や損壊をおそれずに公開もできるので、文化財の価値をより多くの人に共有することができます。また、クローンの制作にはアナログ技術も欠かせないため、各地に伝わる伝統工芸や産業の活性化、技術の次世代への継承にもつながります。

クローン文化財を手掛ける東京藝術大学COI拠点にて。宮廻名誉教授の指導のもと、若手研究者が多く活躍する
クローン文化財を手掛ける東京藝術大学COI拠点にて。宮廻名誉教授の指導のもと、若手研究者が多く活躍する

たしかに、メリットも多いクローン文化財ですが、そもそもクローン、つまり複製を作ることについて、美術界でタブー視する声はなかったのでしょうか。

「もちろん、一部に反対意見はありました。特に当初はクローン文化財という呼称を使っていなかったため、私たちの複製技術は単なるコピーとみなされたのです。そんなある日、上野公園に咲き誇るソメイヨシノを見ていると、ふと『クローン文化財』という言葉が頭に浮かびました。ご存知のとおり、ソメイヨシノはエドヒガンとオオシマザクラのクローンです。私たち日本人は古くから美術品の模写に親しみ、ソメイヨシノのようなクローンにも価値を認める文化を脈々と育んできました。ソメイヨシノを愛でるのと同じ気持ちで複製文化財を愛でてほしい、そう願って『クローン文化財』という呼称を使うことにしたのです」と宮廻名誉教授。

この呼称が功を奏したのか、少しずつクローン文化財への理解が進み、今では国内のみならず海外の美術館などからも問い合わせが相次ぎ、様々な共同企画が展開されるまでになっています。

オリジナルを超越する「スーパークローン文化財」の誕生

オリジナルを超越する「スーパークローン文化財」の誕生
浮世絵のクローン。特殊な技術で香りを染み込ませてある

これまで東京藝術大学が手掛けたクローン文化財は30点ほど。仏像だけでなく、油絵や浮世絵から壁画に至るまで幅広い分野でクローン文化財の制作が進められています。
「クローン文化財の可能性は、ますます大きくなりつつあります。クローン文化財は、ある意味でオリジナルの文化財を超越し、全く新しい価値をもつ文化財として存在価値を高めつつあります。例えば、上の浮世絵のクローンには香料が染み込ませてあり、遊郭を描いた左の作品では遊女のおしろいの香り、右の役者絵では役者が髪をなでつけるのに使った鬢付け油の香りを楽しむことができます。オリジナルの浮世絵は日光にあたると褪色が進むので展示環境が限られますが、クローンなら劣化を気にせずに展示でき、香りを楽しむことも、手で触れて表面の微妙な凹凸を感じて楽しむことも可能なのです」。

オルセー美術館所蔵のマネの名作「笛を吹く少年」(写真下)については、絵画だけでなく立体のクローンも制作しました。宮廻名誉教授は「将来的には、この少年のロボットも作って、笛を吹かせてみたい」とも。「五感で楽しめるのもクローン文化財の良いところです。例えば目の不自由な人には、手で触ったり匂いを嗅いだりすることによって、文化財の鑑賞を楽しんでいただくことができます。その意味で、クローン文化財はオリジナルを超越した、スーパークローン文化財に飛躍しつつあるのです」。

オルセー美術館が所蔵するマネの「笛を吹く少年」のクローン絵画と立体
オルセー美術館が所蔵するマネの「笛を吹く少年」のクローン絵画と立体

「異質なものを認め合うことの大切さ」を伝えたい

「異質なものを認め合うことの大切さ」を伝えたい
G7伊勢志摩サミットでクローン技術について説明する宮廻名誉教授。背景は法隆寺金堂壁画のクローン文化財
(画像提供:東京藝術大学COI拠点・出典は外務省)

2016年に開催されたG7伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)のサイドイベントでは、2001年に過激派組織タリバンに爆破され消失したバーミヤン東大仏天井壁画のクローン文化財と、1949年の火災で損傷を受けた法隆寺金堂の壁画のクローン文化財が展示され、各国首脳に紹介されました。これを機に、テロリストによる破壊から文化財を守る手段として、そして不正流出した文化財や災害で損害を受けた文化財の保存・修復の手段としても、クローン文化財の技術が注目を集めるようになりました。

「クローン文化財は単にオリジナルの作品を『もの』としてコピーするだけでなく、その精神性や制作意図をも再生させる力を持っています。クローン文化財の存在によって、今後はテロや紛争による文化財の破壊行為が無意味なものと認識されるようになることを願っています」と宮廻名誉教授。「そもそも文化は、相手方の尊厳を認め合い、受け入れていくことによって成立していくものです。クローン文化財も、一見両極端にあるデジタル技術とアナログ技術の長所をともに認め、活かしたからこそ、生まれたのです。今後もクローン文化財を通じて、文化財の素晴らしさだけでなく、異なった考え方を認め合うことの大切さを、未来に伝えていきたいと思います」。

宮廻名誉教授の目下の目標は、冒頭で紹介した法隆寺釈迦三尊像のクローンを透明なガラスで制作すること。「これまで過去(制作当時)と現在の釈迦三尊像を作りましたので、ガラスは未来の三尊像として作りたいと思っています。文化財=古いものという思い込みを捨て、その未来の姿を想像する楽しさを、皆さんにも味わっていただきたいと思います」。

バーミヤン東大仏天井壁画のクローンの前で
バーミヤン東大仏天井壁画のクローンの前で

東京藝術大学が手掛けるクローン文化財は、今後全国各地の美術館で公開される予定です。公開予定については、同大学COI拠点のウェブサイト等でご確認ください。クローン文化財の多くは、手で触るのも写真で撮影するのも自由。これまでにはない新たな文化財との出会いを、五感で楽しんでみてはいかがでしょうか。

この人に聞きました
宮廻 正明さん(東京藝術大学名誉教授)
宮廻 正明さん(東京藝術大学名誉教授)
日本画家。1951年島根県松江市生まれ。平山郁夫に師事。1991年第46回春の院展 外務大臣賞受賞。1999年再興第84回院展 文部大臣賞を受賞。2002年再興第87回院展 内閣総理大臣賞受賞。2010年ロシア国立美術館「日本の美展」個展。2013年ブダペスト歴史博物館(ハンガリー)個展。リスボン東洋美術館(ポルトガル)個展。2014年ピッティ宮殿近代美術館(イタリア)個展。2016年G7伊勢志摩サミットサイドイベント特別講演。2017年21世紀発明奨励賞受賞、2018年文部科学大臣科学技術賞受賞。現在、東京藝術大学名誉教授・特任教授。日本美術院業務執行理事、東京藝術大学発ベンチャー株式会社IKI代表取締役社長。
宮廻 正明さん 紹介ページ(外部サイト)
ライタープロフィール
相山 華子
相山 華子
慶應義塾大学卒業後、民放テレビ局の報道部記者を経てフリーランスのライターに。雑誌や企業誌、ウェブサイトなどで主にインタビュー記事を手掛ける。

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