「サブスク」は、あらゆる産業で導入できる
Apple MusicやNetflix、AmazonのKindle Unlimitedなど、定額見放題・使い放題などで注目を集めている「サブスクリプションビジネス(以下、サブスク)」。サブスクリプション(subscription)とは、英語で「予約購読」「定期購読」などを意味します。つまり、月単位、年単位で利用料金を支払うと最新のサービスを利用できるビジネスモデルと考えれば良いでしょう。
ひと昔前なら、レンタルショップで音楽CDを借りて、1作品ずつ個別に対価を支払って楽しむのが一般的でした。しかし、いつの間にかサブスクのサービスで定額を支払って、音楽は聴き放題という楽しみ方が一般化しています。定額の料金は、決して安くはないものの個人でも納得の水準。例えば、Apple Musicなら、月額980円(税込/2020年1月時点)でライブラリーの曲は聴き放題なので、レンタルショップで新作CDを3〜4枚借りたら元が取れる計算になります。
最近、そんなサブスクを自社のビジネスに導入する動きがトレンドだといいます。
「どのような業種・業態でもサブスクビジネスを導入できます。最近は、コーヒーやランチをサブスクにする飲食店も登場しています。ただ、参考にすべき成功事例など有益な情報を手に入れることが難しいと、足踏みをしている企業が多いのも実状です」
そう語るのは、テモナ株式会社の代表取締役社長佐川隼人さん。同社ではサブスクを運用するためのクラウドサービスを提供し、クライアントは1,400社以上にのぼります。
では改めて、サブスクとはどのようなビジネスモデルなのでしょう?

「サブスクは『見放題』や『使い放題』といった『〇〇し放題』のサービスだと誤解されがちですが、そこに限定する必要はありません。いわば、『定期的な支払いが発生する継続的なサービス』と考えると良いでしょう。私の感覚では、毎月支払う光熱費もサブスクです。つまり、サブスクは生活インフラ的なサービスなのです」
佐川さん自身、動画や音楽の視聴から、新聞・雑誌の閲覧、飲食サービスまで、様々なサブスクを利用しており、ユーザーとしてメリットを享受し、価値を実感するからこそ利用を継続しているとのこと。
定額制で自社のサービスを垂れ流したら、会社が倒産してしまう……というのは、古い経営者の考え方。月額1,000円程度でも利用者が1万人いれば、年間の売上は1億2,000万円。これが年単位で確実に入ってくる設計ができるなら、ビジネスとして成立させるのも難しくない気がしてきます。
ポイントは「O」=お得さ、「N」=悩みの解決、「B」=便利さ
いつの間にか私たちも日常的に利用しているサブスク。これを自社のビジネスに応用するポイントはどこにあるのでしょう?佐川さんに質問すると返ってきたのは、「ONB」という聞き慣れない単語でした。
「サブスクの骨格となるのは、毎月代金を支払ってくれる顧客の中で、『VIP顧客』『ヘビーユーザー』『ロイヤルカスタマー』と呼ばれる層に“刺さる”価値を提供するサービスです。これを提供するための3大原則となるのが『ONB(オンブ)』です。『O』は、顧客にとって確実に『お得』であること。『N』は顧客の『悩み』を解決すること。『B』はユーザーが感じる『便利さ』です。サブスクを導入する際は、どのような客層が自社のVIP顧客であるかを明確にし、その客層にとっての『ONB』を自社サービスに当てはめて把握することが出発点になるでしょう」

ターゲットとする層に“刺さる”価値が重要と佐川さん。サブスクを導入した場合の採算ラインを一生懸命計算するよりもターゲットを意識したアイデアこそ大切ということでしょう。
サブスクをビジネスに応用するにあたっては、前出の「ONB」に加え、マーケティングの基本となる「カスタマー(顧客)」「コンペティター(競合)」「カンパニー(自社)」という「3C」も必ず意識することになります。「ONB」と「3C」を意識して、VIP顧客のイメージを特定できれば、どのようなビジネスでもサブスクの導入は可能だと佐川さん。一方で、回避すべき3タイプのサブスクも存在するといいます。
「『お得なだけのサブスク』と『新規顧客獲得のためのサブスク』、『事業者都合のサブスク』は避けるべきでしょう。例えば、ONBの『O(お得)』を追求するあまり値下げばかりに固執してしまうと、結果的に損をしてしまう危険があります。ですから、『NB>O』という不等式は意識しておいてください」
「NB>O」とは、つまり「O(お得)」に固執せず、「N(悩みの解決)」や「B(便利)」のために、ある程度の支出ができる顧客をターゲットにするのが鉄則ということ。確かに、サブスク=安さの追求ではうまくいきそうもありません。さらに、サブスクに「期間」など事業者都合の条件があると安心できない印象があります。あくまでもサブスクはVIP顧客のかゆいところに手が届くサービスだという鉄則を忘れてはいけないようです。
安定的な収益体質への転換が、働き方改革にも寄与
では、サブスクは従来のビジネスと比較して、サービス提供者側にどのようなメリットがあるのでしょう。
「サブスクと比較すべき従来モデルの典型といえば、労働集約型のビジネスです。限られた人員で『1案件いくら』の業務を次から次へとこなしながら売上を積み上げる労働集約型では、対応できる案件数にも限界があります。高リスクで不安定ですので、苦労が絶えません。その救世主となるのが、より効率的で生産性が高い、安定的なストック型のビジネスモデルであるサブスクです」

ストック型であるサブスクと、フロー型の労働集約型ビジネスとでは、本質的に柱となる指標が異なるというのが佐川さんの考え方。装置産業ともいるサブスクの指標は「顧客単価×顧客数×契約期間」が基本で、これらを高める努力によって収益性が高まります。一方で、労働集約型ビジネスは、「人×時間単価」が収益のすべてなので、1人あたりの生産性を高めるしかありません。サブスクでも当然ながら最低限の労働力は不可欠ですが、指標が異なるからこそ、取り組むべきことも大きく異なるといいます。
昨今は業務におけるイノベーションとして、ロボット活用やAI導入のメリットが多方面で叫ばれています。確かに、サービス料を定額で受け取り、24時間働けるロボットがサービスを提供すれば、ビジネスはうまく回りそうですが、それはあくまでも手段の一つに過ぎないと佐川さんは言います。
「例えば、AIの導入は、あくまでもビジネスプロセスの一つに過ぎません。より根源的なビジネスモデルにサブスクを導入することこそが、安定的な収益体質を手に入れる最善策でしょう。世の中の潮流である働き方改革の推進においても、サブスクによって効率的な収益構造が確立されれば、従業員に還元できる中身に変化が生じます。その結果、現在“ブラック”と呼ばれるような労働集約型の業種・業態でも、“ホワイト”へと転じる可能性は十分にあるのです」
つまり、あなたがスマホアプリの制作会社を経営しているとしたら、24時間体制でアプリを制作できるロボットを導入するより、定額でも競争力のある自社アプリのサブスクモデルを構築する発想がまず求められるということでしょう。
十数年周期の危機にサブスクで立ち向かう

サブスクをはじめとした新たなビジネスの仕組みやシステムは、人々の生活を豊かにすることが究極のゴールだと佐川さんは考えます。サブスクによって従来の煩雑な作業から解放されれば、価値のある時間の使い方につながり、日本経済の活性化のヒントにもなるでしょう。
「1990年代初頭にはバブル経済が崩壊し、2007年にはリーマンショックが起きました。そして2020年には東京2020オリンピック・パラリンピック後の景気低迷が危惧されています。ほぼ10数年ごとに景気動向を左右する大きな力が働いていることが分かります。5年後・10年後に目を向けても、合理的で堅牢なビジネスモデルであるサブスクが浸透していなければ、企業も人々も疲弊するばかりです。大げさかもしれませんが、サブスクの導入は、社会的意義がある取り組みだと私は考えています」
身近にありながら、自分のビジネスとは縁がないと考えてしまいがちなサブスク。頭を柔軟にしてみると、サブスクの向こうに新たなビジネスの突破口が見えるのかもしれません。
この人に聞きました

代表取締役社長
佐川 隼人氏
2008年10月にテモナ株式会社を設立。「サブスクストア」「ヒキアゲール」といったクラウドサービスを軸に、導入企業は1,400社を超える。2017年4月に東京証券取引所マザーズ上場、2019年4月には東京証券取引所一部上場を果たし、日本サブスクリプションビジネス振興会の代表理事も兼務。著書に『サブスクリプション実践ガイド』(英治出版)がある。
ライタープロフィール

2001年中央大学総合政策学部卒業。ビジネス誌の編集記者や、PC関連メーカーのコピーライター、広告制作会社での編集・ライターなどを経て、2012年よりフリーランス。企業から教育機関、研究機関まで、幅広く取材活動を展開中。
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