この数年、機械翻訳の技術を使ったツールが急激に発達しています。無料で使えるスマホアプリや、手ごろな価格で入手できる翻訳機が普及したことによって、海外旅行や訪日外国人とのコミュニケーションにおける、「言葉の壁」のハードルは下がりつつあります。
機械翻訳は今、ここまで進化している

機械翻訳のツールを分類すると、テキストを入力するもの、音声認識によるもの、テキストをカメラで読み取るものなどに大別できます。
テキスト入力は、パソコンやスマホから翻訳したい言葉の文字を入力する方式です。
音声認識は、マイクに向かって話しかけることで、話した言葉が翻訳されるタイプ。
また、近年ではカメラを利用した画像認識翻訳という新たな技術も登場しています。
印刷された文字や看板などをカメラで読み取ることで、映っている文字が翻訳される方式です。
まずは代表的な製品をいくつかご紹介します。
Google翻訳
多くの方がご存知のとおり、スマホアプリやWebサービスとして無料で提供されています。アプリ版は、テキスト入力、音声入力、カメラでの読み取りのいずれにも対応。
現在もっとも身近な機械翻訳ツールといえるのではないでしょうか。
POCKETALK
携帯型の翻訳専用機です。端末のマイクに向かって話すと、翻訳された文章がすぐに音声で再生され、同時に画面上に文字でも表示されます。
最新モデルの「POCKETALK S」はカメラで読み取ったテキストの翻訳にも対応。海外でも設定変更なしで簡単に使える「グローバル通信モデル」も用意されています。
Timekettle WT2 Plus
2個が1セットになったイヤホン型の翻訳機です。一つを会話をする相手に渡し、それぞれ片耳にイヤホンを装着します。そのまま会話をすれば、同時通訳のように翻訳が行われることが特長です。
ハンズフリーで使うことができ、ワイヤレスタイプなので使用中も邪魔にならない点がメリットです。
ワールドスピーク
据え置きタイプとポータブルタイプがあり、据え置きタイプは店舗のレジやホテルのフロントなどに設置して使うことを想定されています。
言語を選択してボタンを押しながら話せば、瞬時に翻訳が行われます。2台の画面付き端末をセットで使うことで、カウンター越しでもスムーズに使える点が特徴です。
急激な進化の理由は「ディープ・ラーニング」にある

少し前まで、機械翻訳は「なんとなく意味が分かる」という程度のレベルでした。
そのため「機械翻訳は実用的でない」という印象をお持ちの方も多いかもしれません。
機械翻訳が実用に耐えるレベルへと進化したのは、2016年の11月です。この時期、Google翻訳が日本語ー英語の翻訳に「ディープ・ラーニング」技術を導入したことがターニングポイントとされています。
今ではニュース等でも度々取り上げられるようになりご存知の方も多いと思いますが、ディープ・ラーニングとは別名を深層学習ともいい、「ニューラルネットワーク」という脳機能をモデルにした機械学習方法を多層化した手法です。
コンピュータが大量のデータの蓄積をもとに、自ら学習を行い解答のクオリティを向上させていく、という特色があります。
ディープ・ラーニングによって、ここ数年世の中に大きな変化がもたらされています。
例えば、将棋ソフト「Ponanza」や囲碁ソフト「AlphaGo」によるプロ棋士への勝利、投資・株式売買など、さまざまな領域で活用されています。
ディープ・ラーニングの導入以降、機械翻訳の精度は飛躍的に向上しました。
その後、Google以外のサービスでも続々とディープ・ラーニングが導入され、現在のような翻訳ツールの充実へとつながっているのです。
この「ディープ・ラーニング」とよばれるAIの学習手法が、機械翻訳では重要な鍵となっています。
機械翻訳のしくみ

ディープ・ラーニングによる翻訳は、単語自体の意味を直接翻訳しているわけではなく、単語を数値データに置き換えて行われています。
まずここが、人間による翻訳との大きな違いといえます。
具体的な仕組みを簡単にご紹介すると、翻訳前の日本語の文章は、まず、単語単位で「ベクトル」とよばれる数値データに変換されます。
数値データの状態で翻訳が行われた後、翻訳後の数値データを、今度は英単語に変換することで翻訳が完了します。
翻訳のプロセスでは、大量の対訳データから、翻訳前後の文章の単語の並び順などの規則性を学習することで、自然な翻訳を実現しています。
つまり、「日本語でこの単語の並び順が出た場合、英語ではこのような単語の並び順で翻訳されるケースが多い」という翻訳の規則性をもとに実行されているのです。
現在の機械翻訳の弱点
しかし、翻訳の精度が向上したとはいえ、機械翻訳はまだ万能ではありません。
先述のように単語をデータに置き換えて翻訳しているため、文章同士のつながりを把握することはできません。
そのため、文脈を踏まえた翻訳を行ったり、言葉の裏にある感情を読み取ったうえで翻訳したりすることは現状では難しいのです。これが、今後の機械翻訳の課題となっている部分です。機械学習技術のさらなる発展により、将来的に改善されていくことが期待されています。
機械翻訳の未来

機械翻訳を支えるAI技術は進化を続けており、機械翻訳の精度も、今後さらに向上を続けていくと考えられます。
現在の機械翻訳では困難な文脈を把握したうえでの翻訳も、いずれ可能になるかもしれません。
また、翻訳とほかの先端IT技術との組み合わせによる、さらに便利なソリューションも誕生する可能性があります。
例えば、AIを使った未来の技術として高い期待が寄せられているものの一つに、車の自動運転があります。
現在の自動運転技術は、人の運転をAIがサポートするレベルですが、将来的には人間のドライバーを必要としない完全自動運転の実現が期待されています。
この完全自動運転と機械翻訳を組み合わせることで、「海外旅行時に自動運転のタクシーに日本語で行き先を話しかければ、観光案内を聞きながらスムーズに目的地へ到着」といったことも可能になるかもしれません。
これまで日本人が海外旅行に行ったり、海外に移住したりする際の大きなハードルだった「言葉の壁」は、機械翻訳技術の向上により、ずいぶんと取り払われてきました。
今後、さらに機械翻訳の技術が進歩することで、語学知識がなくても行きたい国や地域に自由に出かけ、気に入った場所があればそこへ移住することがあたり前にできる時代がやってくるかもしれません。
ライタープロフィール

株式会社ウレルブン代表。企業広報誌の編集を経て、フリーのライター・編集者に。IT・デジタル、ビジネス分野を中心に、書籍や雑誌、Web媒体での執筆・編集、取材などに携わる。
著書に『今からササッとはじめるLINE/Twitter/Instagram/Facebook』(秀和システム)、『今すぐ使えるかんたん FC2ブログ 超入門』(技術評論社)など。
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